徒然草第五十九段【エモ訳】「いつかやろう」は、マジで来ない

徒然草

徒然草第五十九段で、兼好さんは「いつかやろう」と先延ばしにしてしまう人間のクセを、かなり強烈に突いてくる。

しかも、そのたとえがまさかの火事。

700年前の話なのに、現代の私たちにも刺さりまくるお話だよ。

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徒然草第五十九段の原文

まずは原文をのぞいてみましょう。

大事を思ひ立たむ人は、避りがたく、心にかからむ事の本意を遂げずしてさながら捨つべきなり。しばし、この事はてて、おなじくはかのこと沙汰しおきて、しかじかの事、人の嘲やあらん、行末難なくしたためまうけて、年来もあればこそあれ、そのこと待たむ、程あらじ。物さわがしからぬやうになど思はむには、えさらぬことのみいとどかさなりて、ことの尽くる限もなく、思ひ立つ日もあるべからず。おほやう人を見るに、少し心あるきはは、皆このあらましにてぞ一期はすぐめる。

近き火などに逃ぐる人は、しばしとやいふ。身を助けむとすれば、恥をも顧みず、財をも捨ててのがれさるぞかし。命は人を待つものかは。無常の来ることは、水火の攻むるよりも速かに、のれがたきものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨てがたしとてすてざらむや。

徒然草第五十九段のポイント解説

当時の「人生の大事」を始めるのが、どれくらい大変だったのか、ちょっと見てみよう!

  • 「大事を思ひ立たむ人」:出家など、人生を大きく変える決心をした人のこと。
  • 「えさらぬこと」:どうしても避けられない用事。仕事や家族のことなど、次から次へと出てくる「やらなきゃいけないこと」。
  • 「思ひ立つ日もあるべからず」:「落ち着いたら始めよう」と思っているうちに、結局いつまでも始められないということ。
  • 「近き火などに逃ぐる人は、しばしとやいふ」:目の前が火事なら、「ちょっと準備してから」なんて言わず、すぐ逃げるよね?という兼好さんのたとえ。
  • 「無常の来ることは、水火の攻むるよりも速かに」:人生の終わりは、火事や洪水よりも早く突然やってくる。だから「いつか」を待っている暇はない、ということ。

徒然草第五十九段のエモ語訳

徒然草第五十九段のイメージ

「いつかやろう」は、マジでいつまでも来ない!っていう話を訳すよ。

「これが終わったら始めよう」は、永遠に終わらない!?

「よし、人生を変えるぞ!」って思っても、

「でも、まずはこの仕事を終わらせてから……」
「これが片付いてから……」
「もう少し落ち着いてから……」

って、ついつい先延ばしにしちゃうよね。

でも兼好さん、ここでバッサリ。

そんなこと言ってたら、いつまで経っても始められないよ!

やることなんて、次から次へと出てくるんだから。

ひとつ終わったと思ったら、また別の用事。
「これが終われば!」と思ったら、今度は「あれ」が出てくる。

そうやって「もうちょっと待とう」を繰り返しているうちに、人生そのものが終わっちゃうかもしれないよ、って。

真面目な人ほど「準備中」で終わっちゃう

しかもね。

ちょっと真面目で、ちゃんと先のことまで考える人ほど、この罠にハマりやすい。

「周りに迷惑をかけないように」
「ちゃんと準備してから」
「もう少し状況が良くなってから」

って、いろいろ考える。

もちろん、それ自体は悪いことじゃない。

でも、完璧に準備が整う日を待っていたら、いつまで経ってもスタートできないんだよね。

「いつかやろう」と計画だけは立派。

なのに、気づけば何年も経ってる。

兼好さん、これを700年前に言ってるのよ。

いや、現代人にも刺さりすぎじゃない!?

火事なら「ちょっと待って」は言わないよね?

そこで兼好さんが出してくるのが、まさかの火事のたとえ。

もし、目の前で家が燃え始めたら、

「ちょっと待って!この荷物を整理してから逃げます!」

なんて言わないよね。

恥ずかしいとか、財産がどうとか言ってる場合じゃない。

「ヤバい!」と思った瞬間に、全部置いて逃げる。

それくらい、人は本当に大事なことが迫ったら、迷っている暇なんてないんだよね。

人生の「いつか」は、待ってくれない

そして、兼好さんが最後に言うのが、なかなか重い。

人生の終わりは、火事や洪水よりも早くやってくる。

そのときになって、

「親が心配だから……」
「子どもがまだ小さいから……」
「今までお世話になった人がいるから……」

って、いろんなものを手放せなくなっても、人生はこっちの都合なんて待ってくれない。

だからこそ、

「いつかやろう」じゃなくて、今できることから始めよう。

兼好さんは、そんなことをかなり強烈な例えで教えてくれているんだと思う。

「準備が全部できたらスタート!」じゃない。

「やる」と決めたなら、今あるものを少しずつ片付けながら、いつでも動ける自分にしておく。

これ、700年前の話なのに…。

今の私たちにも、めちゃくちゃ刺さるよね。

徒然草第五十九段、言いたかったこと

徒然草第五十九段のイメージ2

兼好さんがここで言いたいのは、「何もかも捨てて、今すぐ人生を変えろ!」ってことじゃないと思うんだ。

「もう少し落ち着いたら」
「ちゃんと準備ができたら」

そうやって待っていると、その「いつか」は、なかなか来ないよってことなんじゃないかな。

だって、毎日の生活って、やることが次から次へと出てくるじゃん。

だからこそ、「全部片付いてから始めよう」と思わないこと。

今できることは、今のうちに少しずつ片付けておく。

そして、いつ「その時」が来ても動けるように、自分を軽くしておく。

700年前の兼好さんに、「人生、準備中のまま終わらせないでね」って言われているような気がするんだよね。

徒然草第五十九段、私はこう思う

徒然草第五十九段のイメージ3

徒然草第五十九段を読んで、「あ、私も今を準備期間にしちゃってるかも」って、ちょっとハッとした。

私も「子どもが大学生になったら働こうかな」なんて考えて、今はまだ「その時じゃない」と思ってしまうことがあるんだよね。

でも、「その時」が来たからって、急に動けるわけじゃない。

だからこそ、今できることは、今のうちにやっておこうと思った。

片付けられるものは後回しにせず、「今やっちゃお!」とすぐ片付ける。

そんな小さな習慣を、今からどんどんつけていきたい。

「準備ができたら動く」じゃなくて、いつでも動き出せる自分を作っておく。

700年前の兼好さんに、「いつかやろうって言ってる場合じゃないよ〜」って背中を押してもらったような気がしました。

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