徒然草第六十一段は、そんな不思議なおまじないのお話です。
お産のときに、蒸し器を落とす。
…え?
昔のお産事情と、風習を冷静に眺める兼好さん。
今回は、この段を読んでみます。
徒然草第六十一段の原文
まずは、700年前の兼好さんが、この不思議なおまじないをどう書いているのか、原文でのぞいてみましょう。
御産のとき甑落すことは、定まれることにはあらず、御胞衣とどこほるときのまじなひなり。とどこほらせ給はねば、このことなし。
下ざまよりこと起りて、させる本説なし。大原の里の甑を召すなり。古き宝蔵の絵に、賤しき人の子産みたる所に、甑落したるをかきたり。
徒然草第六十一段の単語解説
ちょっと分かりにくい言葉もあるので、ここだけ押さえておけばOKです。
- 甑(こしき)
お米などを蒸すための、昔の蒸し器。底に穴が開いています。 - 御胞衣(えな)
胎盤など、赤ちゃんが生まれたあとに出てくるもの。 - とどこほる
物事がスムーズに進まず、滞ること。ここでは胞衣がなかなか出てこないこと。 - 本説(ほんせつ)
きちんとした由来や根拠となる話のこと。 - 大原の里(おおはらのさと)
京都の大原。ここから甑を取り寄せて使っていたようです。
徒然草第六十一段のエモ語訳

それでは、「お産で蒸し器を落とす」という謎のおまじないを、今の言葉で読んでみましょう。
お産で「甑こしき」を落とすって、どういうこと!?
お産のときに甑を落とすこと。
昔はそんな風習があったらしい。
でも、最初から決まっていた正式な儀式というわけではない。
どうやら、胞衣がなかなか出てこないときのおまじないだったみたい。
つまり、何事もなくスムーズに進めば、甑の出番はなし。
ところが、なかなかうまくいかない。
「どうしよう…」
そこで登場するのが、
甑。
…いや、蒸し器!?
お米を蒸す道具を、お産のおまじないに使う。
現代の私たちからすると、なかなか思いつかない発想だよね。
しかも、ちゃんとした由来はないらしい
そして兼好さん、ここでちょっと冷静になる。
「そもそも、これって正式な決まりじゃないからね」
と。
しかも、
「下ざまよりこと起りて、させる本説なし」
つまり、庶民の間から始まったもので、これといった立派な由来があるわけでもない。
…あら。
「昔から伝わる由緒ある風習です」
という感じではないらしい。
大原の里から甑を取り寄せて使っていたんだって。
さらに、昔の宝蔵にある絵を見ると、身分の低い人が子どもを産んでいる場面に、甑を落としている様子が描かれている。
兼好さんは、それを見て、
「ほらね。こういうところから始まったんじゃない?」
とでも言いたげ。
なんというか、伝統をありがたがるというより、「これ、元をたどるとこんな感じなんだよ」と教えてくれる感じなんだよね。
徒然草第六十一段、言いたかったこと

「昔から続いている」と聞くと、私たちはつい、ちゃんとした由来や理由があるものだと思っちゃう。
でも、調べてみたら、始まりは意外と身近なところだった。
このお産のまじないも、どうやらそんなものだったらしい。
兼好さん、こういう「みんながありがたがっているものを、ちょっと離れたところから眺める」の、好きだよね。
徒然草第六十一段、私ならこう思う

これ読んで最初に思ったのは、「いや、お産で蒸し器!?」だった。
だって、甑ってお米を蒸す道具でしょ?
それをお産のおまじないに使うって、発想が斜め上すぎる。
でも、よく考えたら、昔の人だって「どうか無事に終わって!」って必死だったんだよね。
今みたいに医療が発達しているわけじゃない。
だから、身近にあるものに願いを託した。
そう考えると、最初は「なんで蒸し器!?」って笑っちゃったけど、だんだん「昔の人も必死だったんだなぁ」って思えてくる。
…とはいえ。
自分のお産で「じゃあ甑落としますね」って言われたら、私は全力で止めるわ〜。
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