今回は月がめちゃくちゃ綺麗な夜に起きた、最高にドラマチックな徒然草第三十二段のエピソードを紹介するね。
突然だけど、バイバイしたあとにこっそり振り返ったら、相手がまだこっちを見ててくれて「エモ…!」ってなったことない?
兼好さんは、そんな「見えなくなったあとの振る舞い」こそが、その人の本当のセンスだって言っているんだ。
それでは、誰も見ていないところでの「神対応」についてエモ訳していこう!
徒然草第三十二段の原文

この段の原文は以下の通りです。 一緒に読んでみましょう。
九月廿日の頃、ある人にさそはれ奉りて、明くるまで月見歩く事侍りしに、おぼし出づる所ありて、案内せさせて入り給ひぬ。荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬにほひ、しめやかにうちかをりて、しのびたるけはひ、いとものあはれなり。
よき程にて出で給ひぬれど、なほ事ざまの優におぼえて、物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸を今少しおしあけて、月見るけしきなり。やがてかけこもらましかば、くちをしからまし。あとまで見る人ありとはいかでか知らむ。かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。その人程なくうせにけりと聞き侍りし。
徒然草第三十二段のポイント解説
この段では、「余韻の美学」を描いています。
夜中に月を見歩いていた兼好さん一行が、ある女性の家を訪ねたときのこと。
用事が終わって帰るフリをしながら、こっそり隠れて様子を伺っていたら、その女性はすぐに鍵をかけずに月を眺めて余韻に浸っていた。
その「見られていないときでも風流な心」に、兼好さんは心を打たれたんです。
徒然草第三十二段の📘キーワード解説
- 案内(あんない)せさせて:取り次ぎを頼んで。したがって「ピンポンして呼ぶ」ような感じ。
- 妻戸(つまど):開き戸のこと。いわば現代の「ベランダの窓」のようなもの。
- ひがひがし:(前回出た言葉の反対)センスがいい、素直。つまり情緒がわかっていること。
徒然草第三十二段のエモ語訳

この段をエモ訳してみました。 一緒に読んでみましょう。
深夜の月見ドライブと、秘密の寄り道
九月二十日くらいの月が綺麗な夜、ある人に誘われて、朝まで月を見ながらドライブしてたんだ。
するとその人が「ちょっと寄りたいところがある」って言って、ある家を訪ねて中に入っていった。
自然な感じの庭には夜露がキラキラしてて、どこからか、ふわっと良い香りが漂ってくる。
わざとらしくないその場の空気感が、マジでエモかった。
帰ったフリして、こっそり覗き見
用件が終わって、その人は家から出てきたんだけど、あまりにもその場の雰囲気が素敵すぎて。
だから私は「まだ帰りたくないな」って思って、物陰に隠れてこっそり様子を見てたんだよね。
すると、その家の女性がベランダの窓をもう少しだけ押し開けて、一人でじっと月を眺め始めたんだ。
「誰も見てない」からこそ出るセンス
もし彼女が、私たちが帰った瞬間にガチャッと鍵を閉めて寝ちゃってたら、マジでガッカリだったと思う。
けれど彼女は、自分を見ている人なんていないと思ってるのに、一人で月との時間を楽しんでた。
これって、普段からどれだけ心を整えて生活してるかっていう、その人の本質が出るよね。
実はその素敵な女性、それからすぐ後に亡くなっちゃったって聞いたんだ。
だからこそ、あの夜の彼女の姿が今も忘れられないくらい輝いて見えるんだよね。
徒然草第三十二段の言いたかったこと

兼好法師がこの段で言いたかった結論は、
「人からどう見られるか」より「自分がどうありたいか」を大切にしている人こそ、本当の意味で美しい。したがって、誰にも見られていないプライベートな時間の過ごし方にこそ、その人の魂のレベルが現れるんだ。 いわば、インスタに載せるための映えじゃなくて、自分一人の時間に月を見て「綺麗だな」って浸れる心。 その一瞬の積み重ねが、その人がいなくなった後も、誰かの心に残る「光」になる。 ということです。
徒然草第三十二段のキーワードは、「かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし」。
だからこそ、たまには誰にも言わずに。
スマホを置いて、ベランダから月を眺めてみよう。
そんな「自分だけの豊かな時間」を過ごしているあなたの姿は。
きっと、自分でも気づかないうちに、周りの世界を優しく照らしているはずだよ。
自分時間の使い方の本を読んだ後の感想を「ブクスタ」で書くと、誰かのためになるかも。



コメント